2018年05月12日

初夏の伊勢路

今年最初のお伊勢参りに、6名を引率して行ってきました。


まずは大阪。

住吉大社さんへは初めてのお参りです。

rsDSC_1525sumiyosi.jpg

第一本宮から第四本宮まで、社殿は国宝。

社殿が縦に並んでいるのも珍しい佇まいです。

楠珺社にもお参りし、「初辰猫」を連れて帰りました。


アマテラスさんに歓迎されてるような好天に恵まれ、お伊勢さんへ。

rsDSC_1532gekuu.jpg

木々の緑が鮮やかな外宮境内。

澄んだ空気の中を進んで、正宮で御垣内参拝。


rsDSC_1536naikuu.jpg

初夏の日差しに映える内宮宇治橋。

この日はお裏さんの献茶式があったようで、着物姿のご婦人もたくさん。

御垣内参拝、御神楽、饗膳、と参拝フルコース。


rsDSC_1539sarutahiko.jpg

猿田彦神社にもお参り。


今年は、時間に余裕があって、内宮別宮の月読宮と、外宮別宮の月夜見宮にも

お参りできました。


そして直会はいつもの「一月家」さんで地元の味を楽しんで、伊勢路を満喫。

心のリフレッシュとなりました!

投稿者 toishi_01 : 16:52 | トラックバック (0)

2018年05月04日

国民が憲法を考える機会を

5月3日、戦後占領軍の草案によってできた日本国憲法は、施行71年を迎えました。


昨年、安倍首相が自民党総裁として、結党以来の悲願である憲法改正を実現したい

という強い決意を表明。 憲法に自衛隊を明記するという具体案を提示したことで

各党の国会議員もやっと本気になってきたかと思いきや、国会も憲法調査会も一向に

前に進まない様子です。


憲法記念日の昨晩はさすがにNHKも特番を組んでいたので観ましたが、

野党の意見は「安倍政権ではダメ」みたいな言い訳ばかりで、建設的な意見がなく

前半で飽きてしまいました。


その中で、「憲法を改正すべきか?」というNHKのアンケート調査の結果

  改正すべき       29%

  改正すべきでない   27%

  どちらともいえない   39%   について、

「何をどう変えるのかという具体的な議論がされてない今、 “どちらともいえない”

 が多いのが当たり前の結果」 という維新の会代表の発言に同感しました!


憲法改正は国民投票で国民が決めるもの。

しかし、国民が求めてないのにとか、国民の意識が盛り上がってないから、を理由に

国会議員が議論を進めないのは、国民の代表として本末転倒では。


国民議論を喚起するためにも、国会議員が率先して改正項目について具体的議論を進め、

それによって国民が憲法について考える機会を与えるべきと思うのですが・・・


そして今朝、東京から帰省した高校時代の先輩が訪ねてきてくれたのですが、

いきなり憲法の話しに。


「日本に成文憲法は必要なんじゃろうか?

 世界と肩を並べるために日本は憲法をドイツに学んだが、イギリスには成文憲法は無い。

 長く積み重ねた慣習法があるだけじゃ。 日本人も憲法に縛られずにやっていけるんじゃ

 ないかと思うがどうか?」と先輩。


「確かに日本には長い歴史と文化があり、また豊かな自然と向き合って生きてきた中で、
 
 自立とか自律、共同意識や様々な道徳観を育んできたので、憲法が無くても他の知恵が

 あったかもしれませんね。でも、明治以来の憲法を無くすというのは難しいことですね。」


「憲法改正は9条からという話しで進んでいるが、俺はむしろ96条の改正条項から変えるべきと

 思う。 まず改正のハードルを他国並みに下げておいて今後の改正をスムーズにすべきでは

 ないか。」と先輩。 イギリスには日本のような特別な改正条件もないとのこと。


「憲法には不備な点が多くあるので96条も大きな問題ですね。しかし、国際情勢が緊迫した中で

 自衛隊が合憲か違憲かというような状態に早く終止符を打つべきであり、国防が国民にとって

 最も身近に考えやすいからということもあるのではないでしょうか。 」

 
イギリスには成文憲法がない、というのは初めて知りましたが、共に王室・皇室を中心とする国家

だけに、何か意味が深い気がしました。


憲法論議が、国民の間で今一つ盛り上がらないその理由として、

一つは国会議員の具体的論議が進まず、国民には考える具体的材料がないこと。

多くの国民は憲法を読んだことがありませんし、内容を教えられてもないのですから。


もう一つは、政治家や法律家は別として、一般の国民は憲法を考えることがほとんどないこと。

イギリスの慣習法ではないですが、むしろ伝統や慣習、普遍的な道徳観などというものに

ほぼ共通の基準を持って生活しているからということもあるように思います。


国家の背骨でありながら身近でない存在の憲法。

それを国民が自ら考えることこそ、今までの日本とこれからの日本を考えるチャンスであり、

本当の国民主権とはそういうことだと思うのですが・・・ どうでしょうか?


  日本国憲法 http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm

投稿者 toishi_01 : 14:05 | トラックバック (0)

2018年04月23日

志絵馬

好天に恵まれた4月22日(日)、兼務で宮司を務めている祐綏(ゆうすい)神社で、

ご案内の約60名に参列いただいた中で「明治維新百五十年奉祝祭」を斎行しました。

祭典後の餅まきも、およそ200名の人で賑わいました。


餅まき終了後、次代に何か伝えられればと、この度謹製した「志絵馬」を小学生達に贈呈。

将来こんな人になりたい、こんな事がしたいという願いを書いて神社に奉納してもらいます。


rsDSC_1523ema.jpg


維新の志士たちは、志を持つことをとても大切にしました。

いや、志こそが原動力だったとも言えるでしょう。


志とは、自分だけの為でなく、世の為人の為にどう行動するか、ということ。

昔の人はほんとに立派だなあ~と感じると共に、子供から「志って何?」と聞かれた

今の親御さんたちは何と答えるんだろう、と興味津々でもあります。


日本の将来を担う子供たちが志を持って成長し、世の為人の為に活躍してくれることを

神様に祈りたいと思います。

また、それを育める世の中であったらいいなあと思います。


今年中は、遠石八幡宮に参拝の子供達にこの絵馬を贈呈します。

お参りの際、どうぞお声がけください。


投稿者 toishi_01 : 15:19 | トラックバック (0)

2018年04月14日

大相撲周南場所が決定!

このところ、何かと話題の絶えない大相撲・・・

厳しい声も寄せられるところではありますが、春巡業もチケット完売、満員御礼が続いているとか。

相撲ファンは期待も込めて益々広がりを見せているようです。


その大相撲が、秋巡業で周南市にやってくることが正式に決定しました。

10月28日(日)、キリンビバレッジ周南総合スポーツセンターで開催です。


12日遠石会館で、実行委員会が開催され、大相撲協会との契約調印、

そして担当の立田川親方(下関市出身の元豊真将)を囲んで懇親会と、

周南場所への機運は一気に盛り上がりました。


rsDSC_1511.jpg

  立田川親方と懇親会の司会を務めたKRYの中村衣里アナウンサー


大相撲周南場所のチケットは、6月8日から、周南総合スポーツセンターを始め、

地域のプレイガイド、イープラス、セブンチケットで販売開始です。

お問い合わせは、大相撲周南場所実行委員会☎0834-28-8311まで。


どうぞお楽しみに!

投稿者 toishi_01 : 12:43 | トラックバック (0)

2018年04月03日

祐綏の神霊

4月3日は、兼ねて宮司を務める「祐綏(ゆうすい)神社」の例祭でした。

今年は桜の開花が殊の外早く心配しましたが、祭りに花を添えてくれました。


rsDSC_14980403.jpg


祐綏(ゆうすい神社は、徳山藩初代藩主毛利就隆(なりたか)公と、最後の藩主元蕃

(もとみつ)公をお祀りする神社で、徳山藩御屋敷跡に鎮座しており、かつて徳山公園と

呼ばれたこの一帯は、「徳山の桜の名所」として親しまれてきました。


社号の出典は、『神道明辨(しんとうめいべん)』という書の中の「護 神 祐 以 綏 萬 民」 

であり、「神の祐(たす)けに護られ以って万民を綏(やすんじ)る」からと伝わります。

よって社号には、「神の助けに護られて万民を安らかにする」という願いが込められている

ということでしょう。


出典の『神道明辨』は、元文2年(1737)に度会常彰(わたらいつねあきら)が書いた

もので、明辨には「はっきりする」という意味があり、神の道をはっきりするためにと

書かれた書物なのでしょうか。

著者の度会常彰は、江戸中期の神宮外宮の神職であり、伊勢神道の学者です。


祐綏神社の創建は、文化8年(1811)に7代藩主広鎮(ひろしげ)公が、初代藩主を

神と祀る神社を創建し、その後明治7年より「祐綏神社」の社号となりました。


そして大正4年に、最後の藩主元蕃公の神霊が合祀されています。

元蕃公は明治維新において大きな貢献をなされたが故に、後の世の人々の心を動かし

神社に合祀されることとなったのでしょう。


rsDSC_14970403.jpg


今年が明治維新150年であり、徳山藩にもゆかりの歴史があるということを知ってもらおうと、

3月から祐綏神社の鳥居に「奉祝 明治維新百五十年」の提灯を掲げています。


幕末維新に活躍した元蕃公を祀る祐綏神社にて、徳山藩と明治維新を偲びつつ

4月22日(日)11時より、明治維新百五十年奉祝祭を斎行いたします。

奉祝の餅まきも行いますので、皆様どうぞご参列下さい。

投稿者 toishi_01 : 16:30 | トラックバック (0)

2018年03月30日

おまいりカフェ

心も麗らかな、桜花爛漫の頃を迎えました。

しかし、連日の暑いくらいの陽気に、境内の桜も早散り始めつつあります。


さて、遠石会館1階で2月から工事を進めておりました「おまいりカフェ」が竣工し、

4月1日いよいよオープンの運びとなりました。


0330rsDSC_1491.jpg

「おまいり」という命名は、神社におまいりの方はもちろん、様々な方に気軽にご利用

いただきたいという気持ちで、ストレートな名前としました。


0330rsDSC_1492.jpg

カフェの奥の方は新しい「ブライダルサロン」で、ソファー席はカフェとしても、

ブライダルの打ち合わせにもご利用いただけるようにしております。


0330rsDSC_1496.jpg

鎮守の森の木漏れ日が差し込む明るい店内で、ゆっくりお茶して下さい。

お待ち申し上げております。


 「 お ま い り カ フ ェ 」  

       遠石会館 1階 / 定休 水曜日 / オープン 10:00~16:00      

投稿者 toishi_01 : 14:54 | トラックバック (0)

2018年03月25日

回天の島

戦時中、回天特別攻撃隊の発射訓練基地のあった大津島。


その歴史を伝える「回天記念館」の前に聳える「回天」の碑前にて斎行の

潜水艦や回天攻撃隊を始めとする英霊の慰霊祭に参列してきました。


この慰霊祭は、「伊58」潜水艦や橋本以行(もちつら)艦長につながるご縁の方々によって、

今年で16回目が執り行われたものです。

戦後、橋本艦長は実家であった京都の梅宮大社宮司となり、現宮司さんと親交のある神職さん、

元乗組員の方々、また伊58から回天で出撃した遺族の方々などが奉仕されているものです。


「伊58」潜水艦は、テニアンに原爆を運んだ帰りの米艦「インディアナポリス」を撃沈したことで

有名ですが、奇しくも昨年夏「インディアナポリス」が、そして海没処分された「伊58」が相次いで

海底で発見されています。


rs2018ireisai1.jpg

碑前の桜はまだ蕾でしたが、春の穏やかな天気に恵まれた慰霊祭でした。

毎年祭典の用具などを提供し、心ばかりのお手伝いをしながら、時間が許す時には

参列をさせて頂いています。


rs2018ireisai%202.jpg

今年は、奉仕神職さんとご縁のある方がイタリアから来日、参列されました。

フィレンチェにて和紙を使ったアーティストとして活躍の横山明子さん夫婦とご友人で、

日本と日本文化が好きで、神職さんの案内で慰霊祭にも興味を持たれたとのこと。

戦時中のお話しを熱心に聴いておられました。


国のため、家族のため、子孫のために、尊い命を捧げられた英霊の慰霊と顕彰を

引き継いでいくことは、平和を享受し今に生かされている我々の使命。

そしてそれは、世界のどこの国でも当たり前のことであるはずです。

投稿者 toishi_01 : 12:27 | トラックバック (0)

2018年03月15日

『薩長土肥神職の集ひ』

『 萩に来て ふと おもへらく いまの世を 救はむと起つ 松陰は誰 』 

歌人吉井勇氏は、昭和30年に萩を訪れた際に、こう詠まれています。


rsDSC_1465hagi.jpg

「維新胎動の地」萩の松陰神社において、明治維新百五十年『薩長土肥神職の集ひ』

が開催されました。


rsDSC_1466sannpai.jpg

薩長土肥より150名の神職が集い、松陰神社大前で「奉告祭」を斎行。


rsDSC_1467kouenn.jpg

松陰神社「立志殿」を会場に、二日間にわたって研修しました。


rsDSC_1468kouryuu.jpg

夜の「交流会」は、民謡『男なら』が披露され、山口県の銘酒で盛り上がりました。


rsDSC_1471kennsyuu.jpg

各県ごとに史跡を訪ね、「松下村塾」では宮司さん直々の講話を体験しました。


私たち山口県の神職は、地元として準備を重ねてきた研修会でしたので、

天候にも恵まれ、有意義な研修、交流ができたことに感謝し、ホッとしました。


明治の維新は、薩長土肥のみならず全国各地の志士が立ち上がったこと、

そうした諸藩には、松陰先生のような先駆者がおり、私塾があったこと、

志士たちが学んだ思想の根幹は「尊王」の精神であったこと、

「五箇条の御誓文」によって明治帝は民主主義国家を宣言されたこと・・・・・


明治維新に学ぶことの大切さに、改めて気づかされました。

投稿者 toishi_01 : 15:35 | トラックバック (0)

2018年03月10日

児玉神社例祭

今日、3月10日は児玉神社の例祭でした。


ご祭神である「児玉源太郎大将」が日露戦争において救国の活躍をし、日本軍が勝利して

奉天へ入城したことに由来する「陸軍記念日」が例祭日です。


例年、寒さ厳しいことが多いのですが、今年は梅薫る穏やかな日和となりました。


rsDSC_1461300310.jpg


今年は「明治維新150年」ですが、児玉源太郎公も明治という時代を命がけで駆け抜けた

偉人の一人です。


佐幕か倒幕か、藩内も揺れ動く幕末には、家督を継ぐ義兄児玉次郎彦が佐幕派によって暗殺。

児玉家は断絶となり、源太郎は辛く厳しい少年時代を送ります。


大政奉還、王政復古の時を迎え、明治元年に児玉家はようやく復活。

戊辰戦争において献功隊の一員として出陣以来、軍人として類まれな活躍を重ね、

日露戦争においては救国の功績を挙げて、知将児玉の名は世界に広まりました。


そして明治39年7月に薨去せられるまで、軍人、政治家として数々の要職を務め、

国のために大いに尽くされました。

 
歴史に「もしも」はないと言われますが、もしも児玉大将の活躍がなかったならば、

明治という時代は、また日本の歴史は大きく変わったことでありましょう。


日本の歴史教育は近代以降が欠如している、という問題は古くから指摘されています。


明治維新150年の年が、

近代国家として歩み始めたわが国のダイナミックな歴史と、その時代に国を守ろうと

命がけで活躍した人達の生き様を知る好機となることを、願ってやみません。


投稿者 toishi_01 : 16:42 | トラックバック (0)

2018年02月24日

古地図を片手に歩く

今年は「明治維新150年」。

欧米がアジアを次々と植民地化する中、700年続いた武士の時代から、近代国家建設への

大変革が行われた「明治維新」。

西洋の進んだ制度や技術に学びつつ、初代神武天皇の国づくりの精神に立ち返り、

天皇を中心とした日本独自の国づくりがなされたのです。

鉄道や電気、政治や法律、学校や紙幣、生活を支える様々なものが、明治の近代化に

よって始まっています。


長州もその歴史の中心で大いに活躍しましたが、萩本藩のみならず、支藩徳山藩にも

明治維新ゆかりの歴史はたくさんあります。

そこで先日、「古地図を片手にまちを歩こう」に参加して、ボランティアガイドさんの案内で

ゆかりの地を訪ねてきました。


rsDSC_1448kotizu.jpg
 江戸後期の「徳山藩御家中屋敷絵図」


児玉神社→旧藩学館跡→国司信濃自刃跡→毛利家墓所→旧藩角場跡→浅見安之丞・

児玉次郎彦生誕地→北の関門礎石→徳山藩館邸跡→児玉源太郎産湯之井戸


城下町徳山の様々な歴史を、ゆっくりと間近に感じることが出来ました。

現場に行ってみて、初めて知ることや改めて感じることがありました。


今年は、毛利徳山藩最初の藩主毛利就隆(なりたか)公と最後の藩主毛利元蕃(もとみつ)公

を祀る「祐綏(ゆうすい)神社」において、4月22日(日)11:00から「明治維新150年奉祝祭」

を行う予定です。

その前後、午前中には明治維新ゆかりの歴史探訪、午後には記念講演会も予定されています。

明治維新150年の年に、ゆかりの歴史に触れ、日本の来し方を知り、行く先を考える年に

したいものです。

投稿者 toishi_01 : 07:44 | トラックバック (0)