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2011年05月29日

イセヒカリのお田植祭

今日、岩国市錦町で行われた「イセヒカリお田植祭」に参列してきました。


「イセヒカリ」は、伊勢神宮の神田に突然現れた品種で、食味が良く、多収性、

耐倒伏性、高耐病性で、酒米にも適している「驚異の稲」です。

この「神の恵み」を、山口県神社庁と山口県農業試験場元場長岩瀬平氏が、

山口イセヒカリ会を結成し守ってきました。

毎年、山口県青年神職会も「お田植祭」と「抜穂祭」を奉仕してきました。


数年前に岩国では、神職有志と地元酒井酒造さんは、岩国イセヒカリ会を結成。

この「驚異の稲」を無農薬で栽培して岩国の特産品とし、過疎地の農業を再生し、

錦川の清流を再生することを目指し活動を展開しておられます。

酒井酒造さんでは、イセヒカリ純米酒の販売も開始。


昨年の岩国市美和町に続いて、今年は錦町でのお田植え。

その後美和町には、無農薬栽培に関心の高い3名の若者が新規に就農を。

まさに「イセヒカリで、まちおこし」ですね。


「イセヒカリが、日本の農業を救う。」

雨の中のお田植えを見守りながら、久しぶりにお会いした岩瀬さんから、

また思いのこもったお話しを伺いました。


雨の中でしたが、とても清々しい「お田植祭」でした。


DSCF3600.JPG 雨天のため屋内での神事

DSCF3609.JPG 酒井酒造の田男さん

DSCF3610.JPG 早乙女さんアップ

DSCF3615.JPG 雨の中のお田植え

DSCF3616.JPG 多くの関係者の協力で


2011年05月27日

遠石会館ゴルフコンペ

先週は、岩国で、名刺入れを紛失・・・

今週は、ゴルフ場で、デジカメを紛失・・・

二つも続くと、ちょっとショック。


来週は、もうご勘弁願いたいと思いながらも、

どこに置いたか思い出せないのは、歳のせい?、でしょうか?


今週は、台風接近の影響か、雨続きの空模様。

ゴルフコンペも多い時期だけに、恨めしい天気です。


しかし、遠石会館ゴルフコンペの25日は晴天となりました。

長年「雨男」としてかなりの実績を誇ってきましたが、最近は少し実力が

落ちてきたかもしれません。喜ばしいことに。


コンペも18回目を迎え、今年は震災チャリティーとして開催。

40組、158名の皆さんでゴルフを楽しみ、親睦を深め、

参加費から一人1000円をチャリティーしました。

賞品も、飛び賞は東北3県の産品を取り寄せました。


ブログに載せようと、ゴルフ場の様子をデジカメに収めていたんですが・・・

残念です!

そして、私のスコアも、残念な結果でした。

今年の初ラウンド、年に4、5回のゴルフですから、まっとうな結果なんですが。


2011年05月23日

自立

周南倫理法人会は、当会館で毎月ナイトセミナーを開催しています。

この度の講師は、岐阜県可児市から葬祭業を営む小栗社長さんでした。

幅広くご活躍の方で、貴重なお話しがいろいろ伺えました。


その中でも

「本当の自立は共存共栄。助けたり助けられたりできること。」

という言葉が印象に残っています。


東京では、「直葬(じきそう)」つまり火葬だけしかないお別れが40%も

あるとか。また、5000人以上が独居で亡くなり、その三分の二が「孤独死」

というのが現状とのこと。

また、納めるあてがないお骨が、山手線の網棚の上や駅のコインロッカーに

置き去りにされる例も数多いとか。


現代は「無縁社会」とさえ言われるが、「無援社会」とも言える。

「おひとり様」などと、いかにも自立して生きているようなふりはできても、

自立とはそんなものではない。

本当の自立は、助けたり助けられたりして、共存共栄できることである。

というお話しを。


自分のことは自分でできるように、人に迷惑をかけないように、

と努力することは、自立のための訓練のようなもの。

そうやって生きてさえいれば“自分は自立している”という大きな勘違いを

している人がどれだけ多いことか。

本当は生かされている、支えられて生きているのにもかかわらず。


お話の途中で、震災の避難所で被災者の皆さんが助け合っている姿が

目に浮かびました。

あの方々の行動が、まさしく自立した姿ではないかと。


 

2011年05月21日

納骨祭

今日は、先月ご葬儀をご奉仕した神道家の「納骨祭」をご奉仕しました。

山口県では、亡くなられて五十日目に行う「五十日祭」と併せて

「納骨祭」を行うことが一般的です。


ご家族、ご親族が参列されて「五十日祭」を行い、その後墓所にて

「納骨祭」を。

納骨の際に、喪主さんがお墓の中の骨壺を整理しながら、

「これが、じいちゃん。フィリピンじゃから骨は入ってないけど。」

 (戦死されたんですね)

「これが、ばあちゃん。」


そして、お骨となられた奥様の骨壺を納めながら、

「これが(奥様の名前)さんよ。よ~覚えちょってくれよ。」

と、娘さん夫婦やお孫さん達に。


親子、親族の温かさを、ふっと感じました。


今日はお孫さん8人全員が揃っておられました。

お孫さんといっても、社会人から小学生までいらっしゃいます。


娘さんのお一人に

「今日はお孫さん全員がお揃いでよかったですね。」と話しかけたら、

「今日はどうしても行きたい、と言って、部活の遠征も断ってきたんですよ。」

ということでした。


お孫さんをとてもかわいがっておられたという故人。

故人のお喜びの顔が偲ばれるような「納骨祭」でした。


2011年05月17日

中條さんとありむらさん

今週は、良い天気が続くようです。

毎朝参拝に来られる方との今朝の会話も、

 「気持ちええ季節も、ほんと今だけよねえ。すぐに暑うなるけえねえ。」

 「ほんとそうですよねえ。もう汗かきますもんね。」

暦の上ではもう夏ですからね。


さて、先週金曜日、徳山周南法人会社団30周年の記念講演会で、

アサヒビール名誉顧問の中條高徳さんのお話しを拝聴しました。

中條さんのご講演を拝聴するのは2回目でしたが、御歳84歳のお元気さに

感服致しました。

立ったままで迫力あるお話しを1時間され、

懇親会でお酌にいくとグイッとビールを飲み干され、

気さくに話し、大いに笑い、飛び入りで歌も披露され、

そして2次会にも行かれました・・・

招聘に尽力された方に「ほんと、お元気ですよねえ」とお話ししたら、

「靖国神社まで毎朝歩いておられるからねえ」とのご返事でした。


  中條高徳さん http://www.nakajo-t.co.jp/profile/index.htm


そして日曜日は、地元選出の衆議院議員高村正彦さんの主催する講演会が

当会館であり、ゲストとして参議院議員ありむら治子さんが講演されました。

ありむらさんは、神道政治連盟国会議員懇談会の主要メンバーとして活躍の

若手国会議員の一人で、全国の神社界とご縁の深い方。

我々神主とは、誇りある国づくりを目指す同志といっても過言ではない方。


冒頭ありむらさんが語られたお話が印象的でした。

 チリ鉱山事故で、地下から救出された人が「地上は天国だ」と言った。

 東日本大震災の被災地で、やっと温かいご飯を食べることができた人達が

 「ご飯がこんなにおいしいとは思わなかった」と語られた。

 私たちの幸せの原点は、普通の生活やあたり前の毎日にあるということを

 そしてそれが、どれだけ尊いものであるか、ということを、 
 
 今こそ、私たちは、心しなければならないのではないでしょうか、と。


  参議院議員ありむら治子 http://www.arimura.tv/activity/cheerleaders.html


実は、ありむら治子さんの連合後援会長は、中條高徳さんなんです。

お二人と続けてお会いできたことに不思議な縁を感じた次第でした。


2011年05月14日

故郷のために

今週、山口県では、5月としては過去最高の雨量を記録する雨が降りました。

市内で一時避難された地域もあったり、電車、道路など交通にかなりの影響が

ありました。

しかし今日は、五月晴れのほんとうに気持ちよい天気となりました。


そんな今週、地元出身で活躍のお二人にお話を聴く機会に恵まれました。


火曜日は中心市街地活性化協議会のタウンミーティング会議。

“まちなか居住を増やす”ための新しいライフスタイル提案を勉強。

徳山出身で鎌倉にて不動産業を営む藤井健之さんに帰省いただき、

都市で人気の「R不動産」の戦略、そして徳山のまちなか居住への提案などを

語ってもらいました。


 稲村ヶ崎R不動産 http://www.realinamuraestate.jp/


木曜日は、『デフレの正体』著者の藻谷浩介氏の講演。

本が売れ講演も一層多忙でしょうし、震災復興構想会議の専門委員にもなって

さらに忙しくなられたことでしょう。 少しやせられたかなあ。

しかし、数字に基づいた明解なマシンガントークはさらに熟練されていました。

日本の現状を様々な数字で指摘しながら、人口の波を克服し、国民一人あたりの

GDPを上げて、日本をさらに強い国にしていきましょう、というお話しでした。


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いまや日本に欠かせないエコノミストとして活躍の藻谷氏。

超多忙な体とは存じながら、地元周南市の中心市街地活性化がやっと動き出す時

だけに、今まで以上にアドバイスをお願いしたいと、多くの地元関係者が願って

いるところです。


2011年05月09日

連休明け

大型連休も終了。

連休中も仕事の私からすると、今日からやっと世の中が動き出したような

感じがします。


みなさん、連休明けで一気に仕事モード、なんでしょうね。

今日はメールの動きも活発でしたし、前半に予定が入らなかった分、

今週以降に5月の予定が詰まっています。


それで今週はいろいろと・・・、その中に豪華講演が二つも。

またご報告したいと思います。


 10日 周南市戦没者合同慰霊祭奉仕

     中活協タウンマネージメント会議


 11日 山口県八幡宮会役員会(下関市)


 12日 周南倫理法人会モーニングセミナー
     講師 坂本昌穂氏(周南市教育長)

     山口経済同友会総会(山口市)
     藻谷浩介氏(『デフレの正体』著者)講演


 13日 徳山周南法人会社団化30周年記念式典
     中條高徳氏(アサヒビール名誉顧問)講演

2011年05月05日

亀山

今日は、須金の「亀山八幡宮」の春祭りでした。

数年前、前宮司さんの急逝により、兼務として宮司を務めている神社です。


GWの温かな日差しの中を、山々の新緑を目にしながら車で40分。

市内とはいえ、とてものどかな山間部の須金は、気持がゆったりとする所です。


神社の境内では、総代さん達は早くから境内の大そうじ。

私たち神主も、到着してすぐに本殿のそうじ。


そして、時刻にお祭りを始め、各地域を代表して氏子総代さんが参列。

後に心ばかりの直会をご一緒して、もちまきです。


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子供の少ない地域だけに、子供たちの歓声が響くとみんなが笑顔になる。

そんな温かいつながりがあり、みんなが顔見知り、須金はそんな所です。


直会の席で、ある総代さんから神社のことについていろいろ質問があり、

その中に「亀山という名前の意味は何ですか?」「龍馬の亀山社中とか、

亀山という地名なんかもあるけど?」と、質問がありました。


「亀山は、カメの形に似た山の上にお宮をつくったからでしょうか?」

「カメは長寿でおめでたいからという意味もあるんじゃないでしょうか?」

と、自信なく、何となくもっともらしく、お答えしたのですが・・・


ちょっと調べてみると、亀山(かめやま)という地名や神社は、結構たくさん

ありました。

ちなみに亀山社中は、龍馬達が最初に拠点とした地名が亀山」だったからとも。


神社名にしても地名にしても、それぞれ意味にも違いがあるとは思いますが、

調べた中に、亀山=蓬莱山という意味があることを知りました。

蓬莱山は、中国では仙人の山、日本では霊山を意味するそうです。


う~ん。

須金の亀山八幡宮は、山の形がカメに似ているというよりは、

こちらの意味のように、地元の霊山、としてつけられたのかもしれません。


直会の席では、総代さんが「今日は勉強になった」とおっしゃいましたが、

いやいや、私が勉強させていただいた始末でした・・・

 

2011年05月04日

拝殿幕

徳山出身の「児玉源太郎大将」を祀り、児玉家旧宅跡に建てられた「児玉神社」。


神社の西側には、台湾総督としての功績に贈られた「台湾五葉松」がそびえ、

少し北の生家跡は、かつて児玉大将が創設した「児玉文庫」があった場所で、

そこには今も「産湯の井戸」が遺っている。


兼務しているこの児玉神社に、今日「拝殿幕」のご奉納があった。

崇敬の篤い地元の藤井さんと、ご友人で熊本在住の藤原さんからのご奉納。

奉告祭を行い幕を掛けた。 ご崇敬のお志に心から感謝である。


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NHKスペシャルドラマで年末に「坂の上の雲」が放送されるようになって、

児玉源太郎への関心も高くなってきている。

国立台湾博物館に展示される「児玉総督像」のレプリカもこの度、日台有志の

のご尽力で完成し、夏には児玉公園内に建立されるようだ。


「神社に心を寄せる人がもっと増えれば」と、拝殿幕を奉納された藤井さん。

ご祭神への関心の高まりを、ぜひ神社の崇敬につなげたいものである。


2011年05月01日

今こそ結婚式を

日頃から親しくして頂いている宮司さんのお嬢様の結婚式があり、

博多に行ってきました。


初「さくら」でした。

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新郎新婦共に東京勤務ながら、新郎の故郷福岡での結婚式となり、

太宰府天満宮で挙式、福岡市内のホテルで披露宴を。

素敵な新夫婦の素晴らしい披露宴に、幸せな気持を分けていただきました。


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            憲一さん、春菜さん、お幸せに!


新郎さんが最後の挨拶で、

 「震災のこともあって結婚式をすることを悩んだ時期もあったが、

  今、やってよかったと強く感じる。

  結婚式を通じて、お世話になったたくさんの方々への感謝を

  改めて感じることができた」と。

いいご挨拶でした。


今朝、TVのニュースでも、震災の影響で悩んだ末に結婚式をしたカップルが

結婚式をして人のつながりを確かめ合うことができたと応えていました。


人は、人との繋がりの中で生きています。

夫婦、家族、友人との絆こそが、安心であり、希望なのではないでしょうか。


つながりを確かめ合い、絆をむすぶ結婚式。

だから、今こそ、結婚式の大切さ伝えなければならない。

そう思いました。