« 2014年11月 | メイン | 2015年01月 »

2014年12月28日

年の始の空白み初む

天気予報が気になりますが、三が日が穏やかな天候となることを祈りつつ、

皆さんに清々しく、おめでたい初詣となるよう、準備を進めています。


神社では、初詣の準備をすべて終えた大晦日の午後4時より、

本殿にて「年越の大祓」(としこしのおおはらい)を行います。

今年の罪穢れを祓い、新年を迎える行事です。

参列ご希望の方は、どうぞご本殿までお越しください。


元旦は、午前零時から「歳旦祭」(さいたんさい)を斎行。

歳は年、旦は初めという意味で、新年最初のお祭りです。

こちらは参列できませんが、新年を祝い、皇室の弥栄と国の平和と繁栄、

地域社会の幸福と発展をお祈りします。


こうした年末年始の祭事は、全国の神社で行われますが、宮中においても同様に

行われていることは、多くの方がご存じないことかもしれません。

元旦には、天皇陛下自ら、「四方拝」(しほうはい)と「歳旦祭」をご奉仕になられているのです。


「四方拝」は、元旦夜明け前の午前5時30分、御装束を召された陛下は新嘉殿前庭に

下り立たれ、まず伊勢の神宮をご遥拝になり、次に四方の神々をご遥拝になられます。

その後の「歳旦祭」にて陛下は、賢所に進まれ御拝礼、皇霊殿、神殿にも拝礼されます。

これに続いて、皇太子殿下も賢所に進まれ御拝礼、皇霊殿、神殿にも拝礼されます。


これら元旦の祭典は、天皇陛下と皇太子殿下以外、皇室方の参列はありません。

よってこの間、皇室方は各宮家で、祭典終了の報告まで謹んでおられるようです。

宮中では、この歳旦祭が終了して初めて、新年を迎え、新年の挨拶をされるのだそうです。


  天皇陛下御製

        神殿へすのこの上をすすみ行く 年の始の空白み初む


  皇后陛下御歌

        年ごとに月の在りどを確かむる 歳旦祭に君を送りて


元旦に、天皇陛下が、国家国民の平安を祈られる日本のお正月。

私たち日本人は、こんなありがたい新年を迎えているんです。

お正月こそ、日本の素晴らしさ、日本の有難さをいっぱい感じてほしいものです。


皆様、どうぞ良き新年をお迎えください。

そして、来年もよろしくお願いいたします。      感謝


ganntannkeidai1.JPG
 平成26年の元旦境内

2014年12月20日

朔旦冬至(さくたんとうじ)

まもなく「冬至」ですね。

一年で昼が最も短い日なので、人も生命力を保つために古来「冬籠り」をする時季。

冬の祭りの多くも、春を待つ冬籠りの祭りです。


家庭では、ゆず湯に入る、カボチャを食べるなどの風習がありますが、

同時期のクリスマスも、太陽の復活する冬至との関係で世界に広まったという話しがあって、

そう考えると日本でも定着したのが腑に落ちます。


さて、今年の冬至は大変おめでたい冬至です。

冬至と旧暦の11月1日とが重なる「朔旦冬至」(さくたんとうじ)という日です。

これは19年と7か月に一度訪れる、太陽の復活と月の復活が重なる日なのです。

(朔旦とは新月の始まりという意味)


朔旦冬至は、古代においては盛大な国家行事で、持統天皇はこの19年7か月に一度の

「朔旦冬至」を盛大に祝ったと伝わります。

伊勢神宮の式年遷宮を初めて行ったのもまた持統天皇であることもあって、

式年遷宮の20年に一度というサイクルは朔旦冬至に由来するという説もあるほど。

まさに「蘇りの象徴の日」なのであります。


伊勢神宮では、昨年の御正宮に続いて別宮14社の遷宮祭が今年も続いています。

神宮においても、暦においても、来年こそが蘇りの年と言えるのではないでしょうか。


来年こそは、日本の政治も経済も、国民の暮らしも心も、朔旦冬至にあやかって、

蘇りの年となるよう願わずにはおれません。


  冬至の頃、伊勢神宮では、宇治橋の鳥居の真ん中から日が昇るそうです。

  神秘的ですね。

          %E5%86%AC%E8%87%B3%E3%81%AE%E6%9C%9D%E6%97%A5.png


2014年12月14日

久遠(くおん)

戦時中、海軍燃料廠のあった徳山は、2度の大空襲に遭っています。


昭和20年5月10日、約800の米軍機が襲来。

海軍燃料廠を中心とした爆撃により燃料廠は破壊、死者は500名以上に及びました。

さらに7月26日、約100の米軍機が襲来。

多数の焼夷弾と小型爆弾を投下し、街はたちまち火の海に。

一夜にして市街地の9割が焼け野原となり、死者480名以上に及びました。


この5月10日、燃料廠には学徒動員の学生も多くいたこと、

父もその中の一人でかつがつ逃げ延びたが同級生4人が命を奪われたこと、

そして戦後、同級生と慰霊碑「久遠」を学校(現徳山高校)の中に建立したこと、

そんな話しを聞いたことがありました。


10月のある日、その亡くなられた同級生のお一人であるMさんの姪御さんという女性から

神社へ電話がありました。

自分の母はMの姉で、母は生前ずっと弟のことを気にしていたので母の代わりに

ぜひ慰霊碑と神社へお参りしたいという申し出でした。


私から、宮司が碑を建立した同級生の一人でありぜひご面会下さいとご返事し、

宮司も、Mさんとは近所同士でお姉さんも存じており、お会いできるのが楽しみのようでした。


そして先日、神奈川県よりご夫婦でお越しになりました。

「久遠」の碑のお参りは、徳山高校で丁重にご案内いただいたそうで、

神社参拝の後、宮司と1時間ほど面談して安堵してお帰りになられました。


この日、宮司から「亡くなった4人が4人とも一人息子だった」という話しも聞き、

ご遺族の悲しみの深さを改めて想像しました。


戦後これだけ長く日本が平和であったのも、

あの当時命がけで日本を守ってくれた人たちのお蔭であり、

平和の犠牲となった多くの尊い命のお蔭です。


平和の有難さをかみしめ、戦没者に慰霊と感謝の気持ちを持ちづづけることこそ、

今を生きる私たちが忘れてはならないことですね。


来年は、終戦70年を迎えます。

2014年12月10日

宗像大社本殿遷座祭

%E8%BE%BA%E6%B4%A5%E5%AE%AE.jpg

福岡県の「宗像大社」(むなかたたいしゃ)は、道の神、導きの神と信仰される神社。

「宗像三女神」がご祭神で、三女神それぞれが沖津宮(オキツグウ)、中津宮(ナカツグウ)、

辺津宮(ヘツグウ)に祀られています。


「宗像三女神」は、全国の宗像神社、厳島神社のご祭神でもあり、

また、多くの八幡宮にもお祀りされている神様でもあります。


この度「平成の大造営」によって、辺津宮の本殿・拝殿屋根の葺き替えが竣工。

12月8日の夜、工事中仮殿に遷っておられた神様に本殿へとお戻りいただく

「本殿遷座祭」(ほんでんせんざさい)が行われました。


浄闇の中、そして身の引き締まる冷たい空気の中での、厳粛なお祭りでした。

(神様のご動座は、静寂な夜にすべての明かりを落として行われます)


薄い木の板を重ねていく「こけら葺き」の美しい屋根や社殿の装いを翌日に拝見。

ご神威(神様のお力)の蘇りを感じました。


内憂外患の中、まもなく新しい年を迎える日本が、どうか正しい道を歩みますように、

宗像三女神、守りたまえ、導きたまえ。

2014年12月05日

御朱印帳

%E5%BE%A1%E6%9C%B1%E5%8D%B0%E5%B8%B3.jpg

神社やお寺をお参りした際にいただく御朱印(ごしゅいん)。


 「ここ数年、御朱印を集められる方が急増してます。

 特に若い女性が増えたように感じます。

 御朱印帳はありませんかというお問い合わせも多いです。」

という巫女さんの声に、遠石八幡宮オリジナルデザインの御朱印帳をつくりました。


観光で参拝される神社は、昔から御朱印を求められる方は多かったはずですが、

今はそれが全国的に広まっているようです。

これも、神社への関心の広まり、高まりを表しているものの一つでしょう。


日本には八百万(やおよろず)の神様がお祀(まつ)りされています。

観光で有名な神社だけでなく、いろいろな神社へお参りして、

いろいろな神様のご縁をいただいてみましょう。


この御朱印帳は、お正月より、授与所横のテントにて、授与開始いたします。

2014年12月01日

乙未(きのとひつじ)

%E4%B9%99%E6%9C%AA.jpg

今日から師走となりました。

毎年のことながら、師走の声を聞くと何となくですが気忙しくなります。


そして、迎春準備のスタートを切って今日、恒例の大絵馬の掛け替え行事を行いました。

今朝から風が強く、暴風警報も発令という中でしたので、保育園の園児さんたちの見学は

日を改めてにしていただきました。

少し寂しい掛け替えとはなりましたが、無事に掛け替えができました。


優しい顔をした親子の羊が、年末には年賀状用に、そして初詣には参拝者をお迎えします。

乙未の年が、穏やかで平和な年となりますよう願います。