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2017年08月26日

人のみぬ 時とてこころ ゆるひなく 

産経新聞 【正論・戦後72年に思う】

 すがすがしい神道文化の中で育った日本人であること、

              誇りにこそ思え卑下するつもりはない 

                          東京大学名誉教授・平川祐弘


  〈人のみぬ 時とてこころ ゆるひなく みのおこなひを まもりてしかな〉


他人が見ていようがいまいが、気を弛(ゆる)めず、身の行いはきちんと持(じ)したいものです

--これは明治天皇の皇后美子(はるこ)が明治44年に詠まれた御歌である。

そんなお説教はどうでもいい、と当世の子女は顔をそむけるかもしれない。

いや宮中でも、西洋志向の強い人は、この歌を読み過ごすだろう。

だが、比較文化史的に考察すると別様の意味が浮かびあがる。

それは日本の皇室が体現してきた神道文化の価値である。 <産経新聞より>


  記事全文  http://www.sankei.com/column/print/170821/clm1708210004-c.html


戦後わが国では、敗戦の反動から、

「戦前は悪、戦後は善」 「日本は悪、外国は善」 「公は悪、個人は善」・・・

といったプロパガンダ(宣伝活動)が行われてきた。

この間、日本の伝統に育まれた精神文化の多くが失われてきた。


「お天道様が見ている」 「ご祖先様に顔向けできない」

こうした心を根っこに持っているのが、日本人の精神文化であり、

それは神道文化が育んできた価値であると平川先生。


先生の記事を読んで、日本社会は今や、お天道様の目も、ご祖先様の目も

感じなくなってはいないかと思うところ大だ。

それでも尚、日本人が世界の人々から称賛されるのは、

伝統的な精神文化がかろうじて引き継がれているからに他ならない。


謙譲の美徳を重んじる日本人は、自らの美徳を自ら評価することを善しとしてこなかった。

とりわけ戦後、自信を失った日本人は、他人の評価に頼り過ぎてきたようでもある。


日本人が自らの良い点、悪い点を客観的に自己評価し、良い点を誇りとして生きていく。

それこそが、日本人のアイデンティティーの確立となり、

日本社会にさらなる自信を与えるのではないだろうか。


平川祐弘先生の記事全文をぜひご一読願いたい。

2017年08月15日

平和への努力

今日は、わが国にとって72回目の終戦記念日でした。


先の大戦で犠牲となられた多くの尊い命の上に、今、私たちの平和と豊かさがある

ということに改めて感謝する日。

そして、このことをしっかりと胸に刻み、心静かに慰霊し、平和への努力を誓う日です。


8月15日は、私には誕生日でもありまして、

戦後17年目の終戦記念日に生まれた私は、高度経済成長期に子供の頃を過ごし、

大学生や社会人となった頃はいわゆるバブル経済の時代でした。

ほんとうに恵まれた時代を過ごしてきたと改めて思います。

まさに、平和ボケ時代の申し子です。


しかし、これから先は、これまでのような平和や豊かさを保つには、

大変な努力が必要な時代になったと思っています。

国民の多くがおそらくそう思っているはずです。

内を見れば、少子化、高齢化、人口減社会。 

外を見れば、脅かされる日本の安全。 テロや世界各地の情勢不安。

今の日本には、経済も大事ですが「平和を守る努力」こそ大事なのではないでしょうか?


もはや、平和を守るには他力本願では通用しない状況となりました。

平和を守るために、防衛力、外交力、政治力、経済力をどう高めるのか。

そうした議論が、国会でもっと行われてしかるべきではないでしょうか?

北朝鮮のミサイル発射に対して、与野党が丁々発止の議論をしないのはなぜでしょうか?

マスコミが、どうやって日本の平和を守るのかを追求しないのはなぜでしょうか?


8月になると、「平和への誓い」という言葉が多く語られますが、

「平和を唱えるだけでは平和は守れない」とは、ずっと言われ続けてきた言葉です。

無論、「憲法九条」という法律が、日本の平和を守ってきたわけではありません。


理想や空論ではなく、平和を守るための現実的な努力とは何なのか?

待ったなしで、「平和を守るための備えの充実」が必要と思われてなりません。


日本は来年も平和な「終戦記念日」が迎えられるのだろうか?

そんなことを考えてしまう55回目の誕生日でした。