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2018年03月30日

おまいりカフェ

心も麗らかな、桜花爛漫の頃を迎えました。

しかし、連日の暑いくらいの陽気に、境内の桜も早散り始めつつあります。


さて、遠石会館1階で2月から工事を進めておりました「おまいりカフェ」が竣工し、

4月1日いよいよオープンの運びとなりました。


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「おまいり」という命名は、神社におまいりの方はもちろん、様々な方に気軽にご利用

いただきたいという気持ちで、ストレートな名前としました。


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カフェの奥の方は新しい「ブライダルサロン」で、ソファー席はカフェとしても、

ブライダルの打ち合わせにもご利用いただけるようにしております。


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鎮守の森の木漏れ日が差し込む明るい店内で、ゆっくりお茶して下さい。

お待ち申し上げております。


 「 お ま い り カ フ ェ 」  

       遠石会館 1階 / 定休 水曜日 / オープン 10:00~16:00      

2018年03月25日

回天の島

戦時中、回天特別攻撃隊の発射訓練基地のあった大津島。


その歴史を伝える「回天記念館」の前に聳える「回天」の碑前にて斎行の

潜水艦や回天攻撃隊を始めとする英霊の慰霊祭に参列してきました。


この慰霊祭は、「伊58」潜水艦や橋本以行(もちつら)艦長につながるご縁の方々によって、

今年で16回目が執り行われたものです。

戦後、橋本艦長は実家であった京都の梅宮大社宮司となり、現宮司さんと親交のある神職さん、

元乗組員の方々、また伊58から回天で出撃した遺族の方々などが奉仕されているものです。


「伊58」潜水艦は、テニアンに原爆を運んだ帰りの米艦「インディアナポリス」を撃沈したことで

有名ですが、奇しくも昨年夏「インディアナポリス」が、そして海没処分された「伊58」が相次いで

海底で発見されています。


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碑前の桜はまだ蕾でしたが、春の穏やかな天気に恵まれた慰霊祭でした。

毎年祭典の用具などを提供し、心ばかりのお手伝いをしながら、時間が許す時には

参列をさせて頂いています。


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今年は、奉仕神職さんとご縁のある方がイタリアから来日、参列されました。

フィレンチェにて和紙を使ったアーティストとして活躍の横山明子さん夫婦とご友人で、

日本と日本文化が好きで、神職さんの案内で慰霊祭にも興味を持たれたとのこと。

戦時中のお話しを熱心に聴いておられました。


国のため、家族のため、子孫のために、尊い命を捧げられた英霊の慰霊と顕彰を

引き継いでいくことは、平和を享受し今に生かされている我々の使命。

そしてそれは、世界のどこの国でも当たり前のことであるはずです。

2018年03月15日

『薩長土肥神職の集ひ』

『 萩に来て ふと おもへらく いまの世を 救はむと起つ 松陰は誰 』 

歌人吉井勇氏は、昭和30年に萩を訪れた際に、こう詠まれています。


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「維新胎動の地」萩の松陰神社において、明治維新百五十年『薩長土肥神職の集ひ』

が開催されました。


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薩長土肥より150名の神職が集い、松陰神社大前で「奉告祭」を斎行。


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松陰神社「立志殿」を会場に、二日間にわたって研修しました。


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夜の「交流会」は、民謡『男なら』が披露され、山口県の銘酒で盛り上がりました。


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各県ごとに史跡を訪ね、「松下村塾」では宮司さん直々の講話を体験しました。


私たち山口県の神職は、地元として準備を重ねてきた研修会でしたので、

天候にも恵まれ、有意義な研修、交流ができたことに感謝し、ホッとしました。


明治の維新は、薩長土肥のみならず全国各地の志士が立ち上がったこと、

そうした諸藩には、松陰先生のような先駆者がおり、私塾があったこと、

志士たちが学んだ思想の根幹は「尊王」の精神であったこと、

「五箇条の御誓文」によって明治帝は民主主義国家を宣言されたこと・・・・・


明治維新に学ぶことの大切さに、改めて気づかされました。

2018年03月10日

児玉神社例祭

今日、3月10日は児玉神社の例祭でした。


ご祭神である「児玉源太郎大将」が日露戦争において救国の活躍をし、日本軍が勝利して

奉天へ入城したことに由来する「陸軍記念日」が例祭日です。


例年、寒さ厳しいことが多いのですが、今年は梅薫る穏やかな日和となりました。


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今年は「明治維新150年」ですが、児玉源太郎公も明治という時代を命がけで駆け抜けた

偉人の一人です。


佐幕か倒幕か、藩内も揺れ動く幕末には、家督を継ぐ義兄児玉次郎彦が佐幕派によって暗殺。

児玉家は断絶となり、源太郎は辛く厳しい少年時代を送ります。


大政奉還、王政復古の時を迎え、明治元年に児玉家はようやく復活。

戊辰戦争において献功隊の一員として出陣以来、軍人として類まれな活躍を重ね、

日露戦争においては救国の功績を挙げて、知将児玉の名は世界に広まりました。


そして明治39年7月に薨去せられるまで、軍人、政治家として数々の要職を務め、

国のために大いに尽くされました。

 
歴史に「もしも」はないと言われますが、もしも児玉大将の活躍がなかったならば、

明治という時代は、また日本の歴史は大きく変わったことでありましょう。


日本の歴史教育は近代以降が欠如している、という問題は古くから指摘されています。


明治維新150年の年が、

近代国家として歩み始めたわが国のダイナミックな歴史と、その時代に国を守ろうと

命がけで活躍した人達の生き様を知る好機となることを、願ってやみません。