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2018年06月23日

越前の国へ

神社関係の旅行で、越前の国へ出かけてきました。

2年前に参拝したことがある「氣比神宮」と、初めての平泉寺「白山神社」へ。


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 越前国一之宮で、旧官幣大社の氣比神宮。 風格ある「氣比の大鳥居」は重文。


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 本殿には、氣比の大神、仲哀天皇、神功皇后をお祀りする。

 宮司さんは山口県周南市鹿野の出身というご縁もあります。


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 「桃太郎人形」を連れて帰る。 本殿の彫刻のひとつで日本最古の桃太郎像とか。


「北陸道総鎮守」の氣比神宮の社領は、福井県のみならず新潟県にも及んでいたようです。

よって、大鳥居の用材は社領であった佐渡島から切り出されたとのこと。

大陸から畿内への玄関口であったこの地は、交通の要所として繁栄したそうであります。


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 信仰の山「白山」。 標高2700メートルの白山は女神、伊弉冉(いざなみ)を祀る。

 開祖「泰澄」(たいちょう)はここから登って白山を開き、下ってここに神社を建てました。


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 泉の中の石の上に白山の神が現れたと伝わる神秘的な御手洗池(みたらしいけ)。
 
 この由来から「平泉」(ひらいずみ)と呼ばれることとなる。


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 二の鳥居には「白山三所権現」の扁額があり、雪から守るために屋根がついている。

 三所とは、本社、別山社(べっさんしゃ)、越南知社(おおなんちしゃ)の白山三社。


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 拝殿は中世には四十五間あったという大規模なもので、当時の礎石も残っている。

 杉木立と苔むした境内。 幽玄な景観は別世界にいるような心地になる。

 
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 本社は総欅づくりで、昇り竜・降り竜の彫物を始め多くの彫刻で飾られている。

 冬には2メートルもの積雪があるため、周りには「雪囲い」用の柱が立てられていた。


福井県、新潟県、岐阜県にまたがる白山。

車窓から見た白山の頂には残雪がありました。

この山が古代から信仰されてきたのがわかるような美しさでした。


参道の杉木立の大きさ、九頭竜川から運ばれた石畳や石垣の数、青々と苔むした境内、

白山の神が現れた御手洗池・・・

山岳信仰、神仏習合と様々な顔を持つ白山信仰の神秘さを肌で感じることができました。


最盛期には、48社、36堂、6000坊の一大宗教都市だったという平泉寺。

昨年、開山1300年を迎えた今も、訪れる人の心を癒す聖地でした。

2018年06月15日

迎賓館赤坂離宮

東京での会議に合わせての研修で、迎賓館赤坂離宮に行ってきました。


迎賓館は、明治に東宮御所(皇太子殿下のお住まい)として建設され、

戦後になり外国からの賓客を接遇するために改修されて、現在も外交施設の中心として

活躍しています。


正門・本館・噴水は国宝。

施設内は撮影禁止でしたが、絢爛豪華な室内には圧倒されました。


外国人にも人気なのがよく分かりますが、現役の外交施設なので、もしも汚したり傷つけたり

があると使用日程に支障をきたすなど大変なことになるそうであります。


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 前庭からの本館。 広々とした前庭と威風堂々たる本館。 まるで西洋にいるようです。

 ネオ・バロック様式で片山東熊(山口県出身)が設計した日本最初の宮殿建築です。


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 主庭側からの本館。 明治32年から10年間をもかけて建設された頑強な建物で、

 あの関東大震災にも耐えたそうです。 


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 主庭内の噴水。 噴水が国宝って初めて聞きました。 そう聞けばさすがの風格。


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 和風別館は昭和47年谷口吉郎氏の設計で新設され、「游心亭」と名付けられています。

 トランプ大統領と安倍総理が、この池の鯉に餌をやるシーンを思い出しました。

 内部には、主和室、即席料理室、茶室などがあり、随所にこだわった日本の お・も・て・な・し、

 が体感できる施設です。


正門の前を通るだけで、、どんなところだろうと気になっていた赤坂の迎賓館。

明治の時代にこれだけのものを建てたことに驚きます。


そして、敷地の一部は旧紀州藩邸ということで、江戸時代からの植栽もありました。

この辺りから、紀州藩、尾張藩、水戸藩と、徳川御三家の藩邸が江戸城に向かって

並んでいたとのことで、江戸と明治の歴史を感じられる由緒ある場所でした。


 
 

2018年06月08日

大相撲周南場所スタート

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大相撲周南場所のチケット販売が始まりました。

今朝の販売開始前、周南総合スポーツセンターに約50名が並ばれたとのこと。

楽しみにしていただき、嬉しい限りです。


5月場所は横綱鶴竜が優勝し、栃ノ心、阿炎などの活躍もあり、大相撲人気も好調。

次の名古屋場所、9月場所と、さらに盛り上がってほしいと願っています!


9年ぶりとなる周南市での大相撲秋巡業。

国技たる大相撲に、たくましい力士に、間近に触れて楽しい一日を過ごしてほしい

ものです。


10月28日(日)開催の「大相撲周南場所」については、

主催の周南市体育協会のホームページ、または電話でお問合せ下さい。

http://www.shunan-taikyo.or.jp/3584

☎ 0834-28-8311


2018年06月03日

夏越(なごし)の祓い

今年も、早、水無月を迎えました。

6月中、境内に「茅の輪」(ちのわ)と「人形」(ひとがた)を設置しております。

半年間の罪穢れを人形にうつし、茅の輪をくぐり、無事夏が越せるようにお参りください。


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6月1日の月次祭では、参列の皆さんに「蘇民将来(そみんしょうらい)と茅の輪」

のお話しを紹介しました。


『備後の国の風土記』にあるお話しです。

昔、武塔神(ムトウシン)という神が旅の途中、日が暮れてしまった。

その地には蘇民将来(ソミンショウライ)・巨旦将来(コタンショウライ)という兄弟がおり、
兄の蘇民はとても貧しく、反対に弟の巨旦はとても裕福であった。

武塔神は弟の巨旦の家に行き一夜の宿を請うた。
しかし、巨旦は質素な旅装束に身を包む武塔神を家に入れなかった。

それを見ていた蘇民は武塔神を家に招き入れ、貧しいながらも精一杯もてなした。
そうして翌朝、武塔神は無事に旅立って行った。

それから数年後、蘇民のもとを武塔神が訪れた。
武塔神は「あの時は大層世話になったので礼がしたい。お前の子孫はこの家にいるのか」と
言った。

蘇民は「私には妻と娘一人がおります」と答えると、武塔神は「ならば茅草で輪を作り、
その茅の輪を家族の腰に着けさせよ」と言い残し立ち去って行った。

蘇民は、武塔神の言葉通りに茅の輪を作り娘の腰に着けさせた。
そうしたところその晩に疫病が発生し、茅の輪を着けていた蘇民の娘一人を除いて人々は
ことごとく死んでいった。

生き残った娘のもとに再び武塔神が現れこう言った。
「私は、武塔神と名乗っているが須佐之男(スサノオ)の神である。
後の世に疫病が発生したならば、『蘇民将来の子孫だ』と言って茅の輪を腰に着けるように。
そうすればこれから先も、疫病の難を逃れることができるであろう」


「茅の輪」くぐりには、こうした由来があるのです。

夏越の大祓いに、どうぞお参りください。

 
    人形祈願と茅の輪くぐり     6月中    終日  

    夏越の大祓い神事        6月30日  午後4時

    厄除菓子「水無月」の接待    6月30日  午後1時から5時